人は不幸でも「慣れた場所」から動けない
こんな話があります。
ある家の前を通ると、一匹の犬が横になって、「クーン、クーン」と苦しそうに鳴いていました。
次の日に通っても、犬は同じ場所で鳴いています。
心配になった人が、飼い主に聞きました。
「この犬は、どうして毎日こんなに鳴いているんですか?」
すると飼い主は、こう答えました。
「この犬が寝ている場所に、釘が出ているんですよ」
驚いた人は聞きました。
「それなら、どうして犬は別の場所に移動しないんですか?」
飼い主は言いました。
「鳴くほどには痛い。でも、立ち上がって移動するほどには痛くないんでしょうね」
この話を聞くと、多くの人は思います。
「犬、かわいそう」
「そこから動けばいいのに」
「少し移動すれば、もう痛くないのに」
でも、これって本当に犬だけの話でしょうか?
もしかしたら、今のあなたも同じ場所にいませんか?
「会社を辞めたい」と言いながら、何年経ちましたか?
毎朝、会社に行くのがつらい。
上司の顔を見るだけで気持ちが重くなる。
給料が安くて、どれだけ頑張っても生活に余裕がない。
仕事から帰ると疲れ切って、家族に優しくする余裕もない。
日曜日の夕方になると、もう月曜日のことを考えて憂鬱になる。
「こんな会社、もう辞めたい」
そう思っているのに、転職サイトを開くことも、履歴書を作ることも、誰かに相談することもしない。
そして、こう言います。
「もう少し様子を見ようと思います」
でも、何の様子を見るのでしょうか?
ある日突然、嫌な上司が別人のように優しくなるのでしょうか。
会社が急にあなたの価値に気づいて、何も言わなくても給料を100万円上げてくれるのでしょうか。
仕事量が勝手に減って、自由な時間が増えるのでしょうか。
残念ながら、自分が何も変えなければ、状況が自然に好転する可能性はそれほど高くありません。
「様子を見ます」という言葉の裏には、多くの場合、
「自分から行動するのが怖い」
「できれば誰かに状況を変えてほしい」
「自分で決断して失敗したくない」
という気持ちが隠れています。
動けないのは、意志が弱いからではない
ここで、自分を責める必要はありません。
あなたが動けないのは、根性がないからでも、意志が弱いからでもありません。
人間の脳は、知らない場所よりも、慣れている場所を安全だと判断するからです。
今の職場がどれだけつらくても、
「どんな上司がいるか」
「どんな仕事をするか」
「毎月いくら振り込まれるか」
「どのくらい我慢すれば一日が終わるか」
を、あなたはすでに知っています。
一方で、転職先については何も分かりません。
どんな人がいるのか。
自分に仕事ができるのか。
今より忙しくならないか。
人間関係が悪かったらどうしよう。
試用期間で切られたらどうしよう。
転職したことを後悔したらどうしよう。
脳にとっては、つらくても知っている今の職場より、結果が分からない転職先のほうが怖いのです。
人は「幸せな場所」にとどまるのではありません。
慣れた場所にとどまります。
たとえ、その場所が自分を少しずつ傷つけていたとしてもです。
これを心理学では「現状維持バイアス」と呼びます。
変化によって得られる可能性よりも、変化によって失うかもしれないものを大きく感じて、今の状態を選び続けてしまう心理です。
「今のまま」も、ひとつの選択です
転職しないことは、何も選んでいないように見えます。
でも、本当は違います。
今の職場に残ることも、自分がしているひとつの選択です。
転職すれば、失敗する可能性はあります。
でも、今の職場に残り続けることにもリスクがあります。
給料が上がらないかもしれない。
市場価値が上がらないまま年齢を重ねるかもしれない。
体や心を壊すかもしれない。
家族と過ごす時間を失うかもしれない。
疲れすぎて、本当にやりたいことを始められないかもしれない。
私たちは、転職するリスクばかり考えます。
でも、考えなければいけないのは、
「転職したら何を失うか」だけではなく、「転職しなかったら何を失うか」
です。
何も決めずに様子を見ている間にも、時間は過ぎていきます。
「限界になるまで我慢する」は危険です
釘の上に寝ている犬は、少し痛いけれど、まだ耐えられます。
だから動きません。
でも、その場所にずっといれば、傷は少しずつ深くなります。
傷がひどくなり、体力もなくなってからでは、立ち上がって移動すること自体が難しくなります。
仕事も同じです。
「まだ頑張れる」
「もっと大変な人もいる」
「これくらいで辞めるのは甘え」
「限界になったら転職すればいい」
そうやって我慢を続け、心や体を壊してしまったら、転職活動をするエネルギーまでなくなります。
本当は、限界になる前に動いたほうがいい。
まだ働けるうちに。
まだ考える力があるうちに。
まだ自分の長所や経験を言葉にできるうちに。
今の会社で頑張りながら、外の世界を見始めればいいのです。
いきなり会社を辞めなくていい
「動く」と聞くと、すぐに退職届を出すような大きな決断を想像する人がいます。
でも、そんなことをする必要はありません。
転職サイトを見る。
気になる求人を一件保存する。
自分と同じ年代の転職例を調べる。
自分の仕事が、ほかの会社ではいくらで募集されているか確認する。
信頼できる人に「転職を考えている」と話してみる。
これも、立派な行動です。
転職活動を始めたからといって、必ず転職しなければいけないわけではありません。
今の会社に残るか、別の会社へ行くかは、情報を集めてから決めればいい。
何も知らない状態で、
「私には無理」
「今よりいい会社なんてない」
「転職してもきっと同じ」
と決める必要はありません。
まずは、釘の上から少しだけ体を動かしてみる。
それだけで、今まで見えなかった選択肢が見えてきます。
今日のワーク
最後に、自分に問いかけてみてください。
質問1
今の職場に、このままあと5年間いたら、あなたの収入は増えていると思いますか。それとも、ほとんど変わっていないと思いますか?
質問2
今より健康になっていると思いますか。それとも、心や体の疲れが蓄積していると思いますか?
質問3
家族や大切な人と過ごす時間は増えていますか。それとも、さらに減っていますか?
質問4
5年後のあなたは、「あのとき動かなくてよかった」と思うでしょうか。それとも、「なぜ、あのとき何もしなかったんだろう」と思うでしょうか?
質問5
今の職場に残ることで、あなたが失っているものは何ですか?
お金でしょうか。
時間でしょうか。
健康でしょうか。
自信でしょうか。
それとも、自分の人生を自分で選んでいるという感覚でしょうか。
転職するかどうかを、今日決める必要はありません。
でも、「もう少し様子を見ます」と言いながら、何年も同じ釘の上に座り続ける必要もありません。
怖くなくなってから動くのではなく、怖いまま、小さく動いてみる。
今日、転職サイトを一つ開いてください。
応募しなくていい。
退職しなくていい。
まずは、今いる場所の外に、どんな世界があるのかを見てみましょう。
あなたの人生を変える最初の行動は、それくらい小さくていいのです。
次回は、2つ目の心理ブレーキ、
「仕事はつらいもの」「転職しても結局同じ」という仕事に対する思い込み
についてお話しします。


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