資産2,000万円から7,000万円へ。週2.5日勤務で年収800万円を保ち、ドイツ音楽留学を選んだ医師・ユリの話

ユリは、学校を卒業して、ストレートで医師になった。

働いていたのは、地方の大学病院。

医療業界の中では「比較的ホワイトな職場」と言われていた。

でも、それはあくまで医療業界の中での話。

週に1〜2回の当直があり、午前中は何百人もの外来患者を診る。

昼食を取る時間もないまま、午後は手術へ。

手術が終わって、ようやく口にできるのは、疲れ切った身体が欲しがる甘いケーキ。

少し休んだら、今度は病棟の回診。

夜に何かあれば、また呼び出される。

それでも、

「週に1日、丸一日休めるから、ここは恵まれている」

と言われる業界だった。

年収は約800万円。

日本円の現金も、約2,000万円持っていた。

でもユリには、そのお金を使う時間も、人生を楽しむ余裕もなかった。


目次

1.患者さんを治すために働き、自分の人生は後回し

ユリは、ずっと真面目に生きてきた。

遊ぶことより、勉強すること。

自分を楽しませることより、期待されたことをきちんとやること。

お化粧にも、洋服にも、あまり興味がなかった。

というより、自分のために時間やお金を使う方法を知らなかったんだと思う。

病院では、一人ひとりの患者さんに真面目に向き合う。

食事をする時間がなくても、疲れていても、仕事を止めない。

患者さんを治すためなら、時間も体力も使える。

でも、自分の身体や人生は後回し。

まるで、人を治すための機械として存在しているような毎日だった。


2.2,000万円あっても、何をすればいいのか分からなかった

ユリも、

「このままではいけない」

「何かを始めた方がいい」

とは感じていた。

現金は約2,000万円あった。

でも、そのお金はオンラインバンキングにも対応していない口座に、日本円のまま置かれていた。

何を勉強すればいいのか。

どこで投資を学べばいいのか。

何から手をつければいいのか。

まったく分からなかった。

周囲の医師から聞こえてくる投資の話は、地方のアパートを一棟購入し、入居者を入れるような不動産投資。

でもユリは、多額のローンを組みたいわけではなかった。

地元に住んではいるけれど、そこでアパート経営をしたいわけでもない。

「何かしなければいけない。でも、私がやりたいのはこれじゃない」

そう思いながら、日々の忙しさの中で、お金のことを見て見ぬふりしていた。


3.最初に取り組んだのは、投資ではなく身体を戻すこと

ユリと最初に取り組んだのは、投資ではなかった。

まず必要だったのは、働き続けられる身体を取り戻すこと。

当時のユリは、食事を取らずに働き続け、かなり痩せていた。

BMIは17〜18程度。

体力がなく、食欲もない。

病院で感染症に触れる機会も多く、風邪をひきやすい。

それでも、多少体調が悪いくらいでは仕事を休まない。

身体が完全に省エネモードに入っていた。

そこで、当直のスケジュールも考慮しながら、睡眠時間と食事を整えた。

まず、3食きちんと食べる。

タンパク質をしっかり取る。

病院へ行く前にジムへ行き、朝のうちに身体を動かす。

食事と筋力トレーニングを続け、BMIは21程度まで上がった。

健康的な体重に戻ると、以前より眠れるようになり、仕事をする体力もついてきた。


4.「お財布のお金」だけでなく、「銀行にあるお金」も確認する

ユリには、ヘモグロビンとフェリチンの違いを、こんなふうに説明した。

「ヘモグロビンは、今、お財布に入っているお金みたいなもの」

「フェリチンは、銀行に貯めてあるお金みたいなものだよ」

お財布に今日使えるお金が入っていても、銀行の残高がほとんどなければ、何かあった時に困るよね。

身体の中の鉄も、それに近い。

ヘモグロビンが基準値に入っているからといって、身体に十分な鉄が蓄えられているとは限らない。

ヘモグロビンだけを見て、

「貧血ではないから大丈夫」

と判断するのではなく、貯蔵鉄であるフェリチンも一緒に見る必要がある。

国や医療機関によって、フェリチンの基準値や扱い方には違いがある。

たとえばカナダでは、フェリチンが15〜30μg/Lの場合も「鉄欠乏の可能性が高い」と判断される。

妊娠を考えている女性や妊娠中の女性に対して、30未満の数値を軽く扱わないガイドラインもある。

一方、日本ではヘモグロビンが正常で、フェリチンも検査機関の基準値に入っていると、

「特に問題ありません」

と言われることもある。

でも、毎日ハードな仕事をしていて、食事量も少なく、疲れやすく、将来の妊娠も考えているユリにとって、本当にそれで十分なのか。

私は、ヘモグロビンだけでなく、フェリチンを含めて、身体の中にどれだけ鉄の蓄えがあるのかも確認した方がいいと考えた。

この「お財布のお金と、銀行のお金」の話をした時、ユリはすごく感動してくれた。

そこで私は途中で、

「あ、やばい。ユリ、お医者さんだったね。お医者さんに私がこんな説明をするの、ちょっと気まずいわ(笑)」

と言った。

でもユリは、

「これは私の専門外だから、もっと教えてほしい」

と言ってくれた。

ユリ自身に医療知識があるからこそ、私が何を確認しようとしているのか、なぜフェリチンまで見るのかを理解してくれたんだと思う。

それをきっかけに、血液検査を受け、ヘモグロビン、フェリチン、ビタミンDなど、自分の身体の現在地を確認した。

フェリチンが低かったため、必要な鉄分についても専門家と確認しながら対応した。

病院で感染症に触れる機会も多かったため、ビタミンDの状態も確認し、食事や必要な栄養を整えていった。

30歳前後だったユリには、結婚や妊娠への焦りもあった。

そこで、婦人科でAMH検査を受けることも提案した。

もし数値が低ければ、卵子凍結を含めて、将来の選択肢を早めに専門家へ相談する。

まずは怖がるのではなく、今の自分の数字を知ろうと話した。

どの婦人科へ相談するのかも、一緒に調べて選んだ。

検査の結果、AMHは心配していたほど低くなく、比較的高い数値だった。

そこで今度は、焦って人生を決めるのではなく、健康状態を整えながら、将来についてゆっくり考えていくことにした。

私は医師ではないし、検査の診断や治療をすることはできない。

でも、生徒の生活全体を見て、

「この数字も、一度専門家に確認した方がいいんじゃない?」

と気づくことはできる。

必要な検査を受けるように背中を押したり、どこへ相談するのかを一緒に探したり、結果を踏まえて生活をどう整えるのかを一緒に考えることもできる。

投資を始めるにも、働き方を変えるにも、人生を楽しむにも、まず身体が必要だから。

お金だけ増えても、身体を壊して動けなくなったら、それは自由とは言えない。

健康な身体と安定したメンタルがあって、初めて、自分の人生を選べるようになるんだよね。

※フェリチンやビタミンD、AMHなどの検査結果は、年齢、体調、妊娠の有無、炎症の状態などによって解釈が異なります。検査やサプリメントについては、医師などの専門家に相談してください。


5.仕事を断り、自分の時間を作る練習

身体を整えるのと同時に、病院での働き方も見直した。

これまでのユリは、頼まれた仕事をすべて引き受けていた。

忙しくても断らない。

自分でやった方が早いと思い、仕事を抱え込む。

でも、それでは、いくら身体を整えても、また同じ状態に戻ってしまう。

そこで、

「できないことは、できないと伝える」

「自分で全部やろうとせず、人に任せる」

「仕事を抱え込まず、上手に振り分ける」

という練習をした。

大学病院に勤めたままでも、仕事の量を少しずつ減らすことはできる。

身体を整える。

睡眠の質を上げる。

きちんと食べる。

運動する。

仕事を断る。

オンとオフの境界線を作る。

そうやって、ユリは仕事以外のことに使える時間を、少しずつ取り戻していった。


6.英語、ドイツ語、ピアノ。人生に仕事以外の時間が戻ってきた

以前のユリにとって、休日は「遊ぶ日」ではなかった。

疲れ切った身体を休ませるために、ただ寝る日だった。

でも、身体と働き方が整ってくると、

「私、何をやってみたいんだろう」

と考えられるようになった。

英語を勉強してみる。

ドイツ語も習ってみる。

昔から好きだったピアノを、もう一度きちんと習う。

仕事以外の世界が、少しずつ広がっていった。

投資を始め、配当金が入るようになってからは、そのお金を自分のために使う練習もした。

ユリは、お金を使わない人だった。

資産があっても、自分のために何かを買うことが怖かった。

だから私は、

「配当金は、お金がお金を生んでくれた分なんだから、これを自分に使ってみよう」

と話した。

そして、初めてデパートのコスメカウンターへ行ってもらった。

これまで患者さんのためなら、いくらでも時間と体力を使えたユリが、初めて自分自身に時間とお金を使った。

小さなことに見えるかもしれない。

でも、ユリにとっては大きな一歩だった。


7.職場でのいじめと、心身の限界

人生が少しずつ楽しくなってきた頃、病院内で部署の変更があった。

新しい部署では、上司との関係がうまくいかなかった。

理不尽な対応が続き、職場でのいじめともいえる状況になった。

最初は我慢していたけれど、次第に心身が限界を迎えた。

涙が止まらなくなり、うつ状態になった。

そこで私は、

「もう、ここまで我慢しなくていい」

「これは、いったん仕事を休もう」

と伝えた。

ユリは傷病手当金を利用し、実家に戻って療養することにした。

以前のユリだったら、

「働けなくなったら、生活できない」

という不安から、限界を超えても病院に行き続けていたかもしれない。

でも、この時には、すでに投資から毎月約35万円の配当収入があった。

仕事を休んでも、配当金で生活費をカバーできる状態だった。

傷病手当金も受け取れる。

だから、焦って次の仕事を決める必要はなかった。

自分の心と身体を回復させることに、時間を使うことができた。


8.配当金が、ユリと家族の安心に変わった

実家に戻った時、ご両親は心配した。

「仕事を辞めて、これから生活はどうするんだ」

「お金は大丈夫なのか」

当然の反応だったと思う。

そこでユリは、投資をしていて、毎月これだけの配当収入があることを話した。

最初は、

「そんな話、騙されているんじゃないのか」

と驚かれた。

でも、一緒に学んでいる先生がいて、実際に資産と配当があることを説明し、少しずつ理解してもらった。

やがて、ご両親もユリの選択を認めてくれるようになった。

そしてユリは、配当金を使って、ご両親をクルーズ旅行へ連れていった。

自分のために使うことさえ怖かったお金が、自分と家族を安心させ、一緒に思い出を作るためのお金に変わった。

投資は、画面の中の数字を増やすためだけにするものではない。

  • 苦しい職場から一度離れるため。
  • 回復する時間を作るため。
  • 大切な人と旅行へ行くため。
  • 自分の人生を守るために使うものでもある。

9.週2.5日の勤務で、年収約800万円

気持ちと身体が少しずつ回復すると、ユリは、

「やっぱり、医師として働きたい」

と話した。

仕事そのものが嫌いだったわけではない。

患者さんを診ることも、自分の専門性を生かすことも好きだった。

嫌だったのは、心と身体を壊す働き方だった。

そこで、以前と同じ年収約800万円を目指しながら、もっと余裕を持って働ける職場を探した。

現在は、平日2日と土曜日の午前中、週2.5日勤務。

理解のある職場で、ほぼ定時で働きながら、年収約800万円を維持している。

以前のように、当直と外来と手術に追われながら働かなくても、専門性を生かして収入を得られるようになった。

転職は、年収を上げるためだけにするものではない。

同じ収入を保ちながら、働く時間を減らす。

心と身体を守れる環境を選ぶ。

それも、大きなキャリアアップだと思う。


10.資産7,000万円と、ドイツへの音楽留学

ユリの資産は、約2,000万円から約7,000万円まで増えた。

現在も医師として収入があり、生活費を抑えながら投資を続けている。

まだ30代前半。

このまま無理のない範囲で働き、資産を長期的に運用していけば、コーストFIREという生き方も選べる。

コーストFIREとは、将来必要な資産の元本を早い段階で作り、その後は生活費を賄う分だけ働きながら、資産が育つのを待つ考え方。

もう、以前のように、朝から夜まで自分を削って働く必要はない。

そして今、ユリが目指しているのは、ドイツへの音楽留学。

現在の職場では、周囲の医師たちも、ユリがピアノを大切にしていることを理解してくれている。

ずっとやってみたかったピアノを学ぶために、ドイツ語も勉強している。

患者さんを治すためだけに存在していたような毎日から、

「私は、何をやってみたい?」

と自分に聞ける人生へ。

現金2,000万円を持ちながら、何もできずに止まっていたユリは、資産7,000万円と自由な時間を手に入れ、自分の夢を選べるようになった。

これが、ユリにとってのお金を強くした先にある人生なんだと思う。


11.ユリの変化から伝えたいこと

高収入でも、自由とは限らない。

社会的に評価される仕事に就いていても、幸せとは限らない。

お金があっても、その使い方が分からなければ、自分を守ることも楽しませることもできない。

ユリに必要だったのは、もっと働くことではなかった。

  • 食べること。
  • 眠ること。
  • 身体を作ること。
  • 仕事を断ること。
  • 自分のためにお金を使うこと。
  • 現金を投資へ回し、お金にも働いてもらうこと。
  • そして、自分が本当にやりたいことを思い出すことだった。

投資によって得られた一番大きなものは、7,000万円という数字だけではない。

つらい職場から離れても大丈夫だと思える安心。

回復するまで休める時間。

家族と旅行へ行ける喜び。

週2.5日だけ働くという選択。

そして、ドイツでピアノを学ぶという夢。

お金を強くするのは、人生を我慢し続けるためではない。

自分の身体を守り、自分の時間を取り戻し、自分が本当にやりたいことを選ぶためなんだよね。


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この記事を書いた人

ニュージーランド在住。投資開始から約2年半でFIREを達成。これまで600名以上の女性に、お金・投資・人生設計について教えてきました。

このブログでは、女性の老後資金、資産形成、FIRE、海外生活、キャリアについて、実体験と公的データをもとに分かりやすく発信しています。

お金の不安を減らし、自分らしい人生を選べる女性を増やすことが私のミッションです。

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